東京近郊の海辺の町で密かにささやかれはじめた奇妙な噂。謎のツィス音=二点嬰ハ音が絶え間なく、至るところで聴こえるというのだ。はじめは耳鳴りと思われたこの不快な音はやがて強さを増し、遂に首都圏に波及して、前代未聞の大公害事件に発展していく。耳障りな音が次第に破壊していく平穏な日常。その時、人びとが選んだ道は?そして「ツィス」の正体は?息もつかせぬパニック小説の傑作。
面白い。
面白いけれど、オチというか謎解きがどうにも腑に落ちない感じ。こういうすべてが幻覚でしたオチは、どうも好きになれないです。
もちろん、そのネタの背後には当時のSF界にあったマスコミの社会学的見地が影響しているのはわかるような気がするのですが。
ただし、この小説の面白さというのはそういう部分ではなくて、あらすじの紹介にもあるようにまさに「パニック小説」としての楽しさだと思いました。
ある一点から聞こえてくるとされる「ツィス音」(ニ点嬰ハ音)。話は精神病院から始まり、次に患者の娘である女性を通して今度は音響学の専門家日比野教授にその調査は委ねられる。ツィス音は徐々に巨大化し、やがて人の耳を不快にさせるどころか、人の神経を蝕み、鼓膜を破るまでになっていく。
ここで話の中心人物が交替し、次には聾のイラストレーターが主人公となる。ツィス音には無縁の存在。そんな彼の見た聴覚を蝕まれていく人間たち。ついには、ツィス音の害がひどい地域には「疎開命令」が出され、人々が地方へ散っていくこととなる。小数の人間だけが残る東京。その様子はSF独特の幻想的なもので、白昼夢的な魅力がある。さらに、その疎開の様子は丹念に描かれており、凝り性の作者らしい妙なリアリティを生み出している。エクストラポレーションという言葉が思い浮かぶ。
ラストが腑に落ちない理由というのはもう一つあって、途中で「ツィス音はエイリアンのしわざではないか」という説がでてくるのです。それが、僕にいらない期待をさせてしまったみたいで、壮大なオチを予測してしまったのでした。勝手な期待を膨らませて文句を言ってはいけません。
「音」というものが巻き起こす少し風変わりな恐慌。爆音でELOの「Mr. Blue Sky」に酔いしれながらこの文章を書いておりますが、この心地よい音楽の代わりにツィス音が聞こえてきたら本気でやだなあと思ってしまいます。楽しい小説でした。
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COMMENT
泰平さん、あなたは何者?
『ツィス』、本は持っていますが、まだ読んだことはありません。怪音を取り扱ったパニック小説ですか~。現在の騒音公害を予見した作品ですね。
この前から読んでいた『泰平ヨンの航星日記』、やっと読破しました。実に面白い本ですね。
僕の持っているのは銀背版ですが、銀背としては珍しく挿絵があって、楽しく読めました。
そういえば、あるブログで『泰平ヨンがペ・ヨンジュン主演でドラマ化』という記事を見て喜んだのですが、あとでそれは『四月馬鹿のジョーク』と判明しました。ちょっとショック…。
ところで泰平ヨンって、東洋人なんでしょうか?なんだかそんなイメージがあるのですが…?
今は、小松氏の『星殺し(スター・キラー)』に挑戦中です。小松氏の作品の好きなところは、その奇抜なアイデアと、壮大なスケール感です。光瀬氏とはまた、違った魅力があります。
ではまた。
Re:泰平さん、あなたは何者?
『泰平ヨン』はすばらしいですねぇ。ユーモアもさることながら、その奥に横たわる作者レムの知力というものが漲っていて、まさに「すごい」としか言いようのない世界を見せてくれます。『SFマガジン』のヨン様も挿画がかわいらしくてすてきなんですが、同じですかねえ。
小松作品で好きなのは「お召し」とか「日本漂流」とかですねえ。
SF紹介 ―星殺し(スターキラー)―
銀背版の挿絵の泰平ヨンは、画風こそ違えど、SFマガジン掲載時の挿絵と殆ど変わりないです。ずんぐりむっくりで、小太りで、ベレー帽を被った人の良さそうなおじさんです(若き日の谷啓みたい)。
こんな愉快なSFは、初めてですよ。
小松氏の『星殺し』、読破しました。今回は、結構ホラー色の強い短編集でした。でも、名作揃いです。
特に気に入ったのは、月の誕生と最期を描いた二編『会合』と『割れた鏡』、異次元に落ちた男の冒険談『穴』、科学文明の盲点と脆さを描く恐怖作『船と機雷』、そしてニューウェーブSFの先駆的作品『袋小路』などです。
次回は、眉村卓に挑戦してみようと思います。
では、お休みなさい。
Re:SF紹介 ―星殺し(スターキラー)―
『袋小路』はなんとなく内容を覚えています。
小松作品はまさに「日本SF」と呼ぶにふさわしく、もちろん「人類」という大きな問題を扱っているのですが、その中でも「日本人」という存在について深く考察されたものが多かったように思います。『日本沈没』なんかはそれがまさに深く表れていて感動しました。
では、また。