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SF素人が空想科学小説に耽溺するブログ。

モラトリアム

   
カテゴリー「近現代文学」の記事一覧

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村上春樹「ノルウェイの森(上)」(講談社文庫)

暗く重たい雨雲をくぐり抜け、飛行機がハンブルク空港に着陸すると、天井のスピーカーから小さな音でビートルズの『ノルウェイの森』が流れ出した。僕は1969年、もうすぐ20歳になろうとする秋のできごとを思い出し、激しく混乱し、動揺していた。限りない喪失と再生を描き新境地を拓いた長編小説。(講談社文庫:紹介文より)

 冒頭部、飛行機の中のシーン。
 ビートルズの「ノルウェーの森」の印象的なイントロ、気だるげな歌が僕の頭の中をぐるぐるとまわり続ける。読み終えるまで始終頭の中で流れ続けていました。

 第2~3章は短編「螢」の内容とあまり変わらない。
 ノルウェーの森という曲で、「小鳥は飛んで行ってしまった」とあるのと同じように、螢も飛んで行ってしまう。

 もう1人のヒロイン緑との出会い。永沢さんとハツミさん。
 下巻の紹介文には「等身大」とあるのだけれど、僕の印象では特殊なパーソナリティを備えている方々だなあという印象。特に緑という人物には惹かれるものがある。永沢さんには緑という人物と逆の意味で惹かれるものがある。

 さて、直子の入所した療養所の世界はそこで完結されていて美しい。
 後半のエピソードには「めくらやなぎと眠る女」のエピソードも入っているし、「我らの時代のフォークロア」同様のテーマ性もあって、短編との関連性を考えていると面白い。

 主人公の名前「ワタナベトオル」という名前は、短編集「パン屋再襲撃」に頻出した「渡辺昇」の変種なのかなと思う。いずれにしても、この名前の類似性には興味がわく。

 わかりあえない哀切に満ちた一冊でした。
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安西水丸・村上春樹「象工場のハッピーエンド」(新潮文庫)

春が来るとジョン・アプダイクを思い出す。ジョン・アプダイクを読むと1968年の春を思い出す。ほんのちょっとしたことなのだけど、我々の人生や世界観はそのような「ほんのちょっとしたこと」で支えられているんじゃないか、という気がする…。都会的なセンチメンタリズムに充ちた13の短編と、カラフルなイラストが奏でる素敵なハーモニー。語り下ろし対談も収録した新編集版。


 収録作「カティーサーク自身のための広告」「クリスマス」「ある種のコーヒーの飲み方について」「ジョン・アプダイクを読むための最良の場所」「FUN、FUN、FUN」「万年筆」「スパゲティー工場の秘密」「マイ・ネーム・イズ・アーチャー」「A DAY in THE LIFE」「双子町の双子まつり」「マイ・スニーカー・ストーリー」「鏡の中の夕焼け」「サヴォイでストンプ」

 たくさんの断章とイラストのあふれる本。
 初期の長編の1シーンのような作品もあるし、装丁についての話なんかもしている対談もうしろにくっついている。

 今、村上春樹の作品を次々と読みつつ覚えている楽しみは、長編やら短編やらのつながりを見つけること。題名の「象工場」から既に「踊る小人」(「螢・納屋を焼く・その他の短編」収録)の舞台となっているやつが発見できる。関連していえば、「象の消滅」(「パン屋再襲撃」収録)における象への偏愛、そして、この本の中には「A DAY in THE LIFE」というビートルズの題名みたいな短編が象工場の一日の始まりを描いていてうれしい。
 それから、「双子町の双子まつり」では双子への深い興味が描かれており、やはり「双子と沈んだ大陸」を読んだときに、ハッ、出てきた!と妙にうれしくなるのです。

 スニーカーの起源の妄想であったり、喋る犬だったり、ハマる人はハマるはず。

村上春樹「パン屋再襲撃」(文春文庫)

堪えがたいほどの空腹を覚えたある晩、彼女は断言した。「もう一度パン屋を襲うのよ」。それ以外に、学生時代にパン屋を襲撃して以来僕にかけられた呪いをとく方法はない。かくして妻と僕は中古カローラで、午前2時半の東京の街へ繰り出した…。表題作ほか「象の消滅」、“ねじまき鳥”の原型となった作品など、初期の傑作6篇。



 収録作「パン屋再襲撃」「象の消滅」「ファミリー・アフェア」「双子と沈んだ大陸」「ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界」「ねじまき鳥と火曜日の女たち」

 全体を通して感じたのは、共に一つ屋根の下で暮らすということ、そして男と女という問題。若かりし自分と現在の自分とのずれ、なし崩しに他人に巻き込まれていくことへの混乱がある。

 通して読むうちに楽しくなってくるのは「渡辺昇」の名前をめぐるもの。「象の消滅」では飼育員の名前、「ファミリー・アフェア」では妹の婚約者、「双子と沈んだ大陸」では主人公の会社の共同経営者、「ねじまき鳥と火曜日の女たち」ではワタナベノボルは猫および妻の兄貴の名前(長編の「ねじまき鳥クロニクル」ではワタヤノボルである)である。出てくるたびにニヤリとするものがある。

 それぞれ日常の中の非日常という感じで、奇妙な世界を構築している。一番気に入ったのは「ファミリー・アフェア」で声を出して笑ってしまうほど愉快で好きだ。「ねじまき鳥」はどのような長編化が為されているのか気になる。どの作品もとぼけたユーモアがふんだんにあって、自然と楽しい気分になってくる短編集だった。

吉本ばなな「N・P」(角川文庫)

97本の短編が収録された「N・P」。著者・高瀬皿男はアメリカに暮らし、48歳で自殺を遂げている。彼には2人の遺児がいた。咲、乙彦の二卵性双生児の姉弟。風美は、高校生のときに恋人の庄司と、狂気の光を目にたたえる姉弟とパーティで出会っていた。そののち、「N・P」未収録の98話目を訳していた庄司もまた自ら命を絶った。その翻訳に関わった3人目の死者だった。5年後、風美は乙彦と再会し、狂信的な「N・P」マニアの存在を知り、いずれ風美の前に姿をあらわすだろうと告げられる。それは、苛烈な炎が風美をつつんだ瞬間でもあった。激しい愛が生んだ奇跡を描く、吉本ばななの傑作長編。(角川文庫:紹介文より)



村上春樹「螢・納屋を焼く・その他の短編」(新潮文庫)

秋が終り冷たい風が吹くようになると、彼女は時々僕の腕に体を寄せた。ダッフル・コートの厚い布地をとおして、僕は彼女の息づかいを感じとることができた。でも、それだけだった。彼女の求めているのは僕の腕ではなく、誰かの腕だった。僕の温もりではなく、誰かの温もりだった…。もう戻っては来ないあの時の、まなざし、語らい、想い、そして痛み。リリックな七つの短編。(新潮文庫:紹介文より)

 短編集。収録作「螢」「納屋を焼く」「踊る小人」「めくらやなぎと眠る女」「三つのドイツ幻想 1 冬の博物館としてのポルノグラフィー 2 ヘルマン・ゲーリング要塞 1983 3 ヘルWの空中庭園」

 自分の内部にあるものが、他人にはそのまま伝わらない、理解してもらえない、あちらに届かない。あるいは理解できない、こちらに届かない。その哀しみ。

 特に「螢」「めくらやなぎと眠る女」は長編「ノルウェイの森」に再登場するし、後者は朗読用に書き直されてもいるので(『レキシントンの幽霊』収録)作者の思い入れを感じます。

 コミュニケーションの問題を中心に読んだものが「螢」「納屋を焼く」「めくらやなぎと眠る女」、イメージの豊かさで楽しんだものが「踊る小人」「三つのドイツ幻想」。特に後者の二つの作品では、象工場の様子、小人のダンス、鎖に結び付けられて屋上に浮かぶ空中庭園などを頭の中に思い浮かべて遊ぶことができた。

 「めくらやなぎと眠る女」はバージョンの違いを見つけるのも楽しいし、何回読んでも飽きないし、やっぱり面白いんだと思う。

吉本ばなな「白河夜船」(新潮文庫)

いつから私はひとりでいる時、こんなに眠るようになったのだろう―。植物状態の妻を持つ恋人との恋愛を続ける中で、最愛の親友しおりが死んだ。眠りはどんどん深く長くなり、うめられない淋しさが身にせまる。ぬけられない息苦しさを「夜」に投影し、生きて愛することのせつなさを、その歓びを描いた表題作「白河夜船」の他「夜と夜の旅人」「ある体験」の“眠り三部作”。定本決定版。


 収録作「白河夜船」「夜と夜の旅人」「ある体験」の三篇。

 読んでいて少女漫画的だな、と思う。吉田秋生の細い線を思い浮かべるような繊細さ。文体も登場人物も。
 昨日の村上春樹の「眠り」についての作品を続けて読んで、よけい眠るという行為がわからなくなった。吉本ばななの作品では、眠りの状態から目覚めるシーンがとても多いように感じる。

 三篇共に人の死が介在する中で、周囲の人たちの心がどう救済されていくかという話だったように思う。最後に光がさしてくる。そんな作品が僕は好きだ。読後に元気をもらえる、がんばろうと思える、そういう作品だった。

 眠りの中のようなぼんやりとした感覚で、小説の中では不思議が起こる。幽霊(?)の登場、兄と瓜二つの少年の登場、死人との邂逅・・・。小説とは夢のようなもので、没入している間は現実を忘れてそこに紛れもなく生を感じている。夢が僕らの願望や贖罪なんかを解決してくれるように、物語が僕らを癒してくれることもある。

 この作品は現実に戻った僕に力を与えてくれた。

村上春樹「TVピープル」(文春文庫)

不意に部屋に侵入してきたTVピープル。詩を読むようにひとりごとを言う若者。男にとても犯されやすいという特性をもつ美しい女性建築家。17日間一睡もできず、さらに目が冴えている女。―それぞれが謎をかけてくるような、怖くて、奇妙な世界をつくりだす。作家の新しい到達点を示す、魅惑にみちた六つの短篇。


 短編集。収録作は「TVピープル」「飛行機」「我らの時代のフォークロア」「加納クレタ」「ゾンビ」「眠り」の6作。

 ぼんやりと形にはならない不安。或いは欺瞞。自分が無意識の世界では悟っているのに、形にしては受け取りたくないもの。
 そういったことを読んでいて意識していた。僕にとってはホラーの感覚で受け取れる世界。頭の中にスルスルと入ってくる文体だけに、余計にいろいろと考えることが多い。とにかく1つの話の1つの部品で、さまざまな想念が渦巻いてくるというのは、この人の作品でしか味わえない気がする。

 以前にも考えたけれど、奇妙なできごとを自然に受け取れるというのは、いかに世界を構築するのがうまいかとか、そのための語り口の巧妙さ、作品を書く技量のすごさだと感じるのです。
 奇妙に小さな人間が僕の家にTVを置いていく話。ステレオタイプの優等生に起こる処女性の問題。犯されやすい女の物語。無意識の独り言を知る物語。ループする夢の中にいる女。眠れなくて夜な夜な徘徊する女の物語。すべてが幻想的で切なくて、怖い。
 特に日常の瓦解を描く「TVピープル」「眠り」のラストは心が寒々としてくる。でも、読んでいる最中、読んだ後、僕の心は癒されている。不思議だけれど。

 不思議でちょっと怖い、すてきな本でした。

爆笑問題「日本文学者変態論 日本史原論」(幻冬舎)

日本の文豪たっぷり24人分!偉大な彼らの人生と作品を調べてみたら、みんな変態で破綻者ばっかりだった。そんな人達が今はなぜ“文豪”なのか。その秘密を太田光が漫才形式で読み解く!!(幻冬舎:紹介文より)

 大好きな爆笑問題の日本史原論シリーズ。

 文士のスキャンダラスな部分を抽出。
 泉鏡花は潔癖症でハエが大嫌い。それで家の中の食べ物には筒がかぶせられていた。
 小学生で「二君に仕えず」といった司馬遼太郎。
 谷崎潤一郎と佐藤春夫の奥さんを譲るという約束でこじれる小田原事件。
 太宰の四度の自殺未遂。
 芥川は「吾輩も犬である」というパロディを書いていた。
 藤村が姪と不倫して・・・というのは有名だし。

 いずれも「へー」ボタンを連打したくなるトリビアばかり。(ちょっと古いかな?)
 買ってから少し寝かしてあったので、ネタの鮮度は今読むと落ちているのですが、それも含めて味になっています。やたら、「船場吉兆」を連発しているので、その時期に出た本なんだなあとわかります。

 あとがきでは、時代の異物である文豪が世界とつながるための手段として表現を選んだこと、そして世界とつながるために凶行に起こす人もいると述べてあります。大槻ケンヂも同じようなことを書いていたけれど、すごく共感してしまいました。数日前に逮捕された爆破予告で出頭していた青年も同じような気持ちだったのかなあ。

井上ひさし「黄金の騎士団(下)」(講談社文庫)

実は、早老症の天才少年を核とする少年だけの投資家集団だった“黄金の騎士団”。彼らの目的は、莫大な資金を元に、子どもが自治するユートピアをつくることだった。ところが、シカゴ市場で快進撃を続ける“騎士団”の前に、世界的な大財閥オッペンハイマー家の総帥が立ちはだかる。未完の痛快経済小説!



井上ひさし「黄金の騎士団(上)」(講談社文庫)

地上げの脅威に晒される、四谷の孤児院「若葉ホーム」。肩を寄せ合って暮らす6人の少年たちの元に、ある時から“黄金の騎士団”と名乗る謎の人物名義の生活資金が届けられる。認知症で徘徊癖のある院長先生に代わって、目付け役になったホームのOB外堀公一は、“騎士団”の驚くべき正体を突き止める!?

 とっても楽しい。


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