忘れられぬ人妻を追って、マタール港に到着した医師サンダーズ。だがそこから先の道はなぜか閉鎖されていた。翌日、港に奇妙な水死体があがった。四日も水につかっていたのにまだぬくもりが残っており、さらに驚くべきことには、死体の片腕は水晶のように結晶化していたのだ。それは全世界が美しい結晶と化そうとする不気味な前兆だった。バラードを代表するオールタイムベスト!
美しい・・・・・・。解説で書かれているように退廃的な美を堪能する作品でした。親友の妻とのただれた関係。自らが病院で働く動機への不信。罪過を贖うための死への憧れ・・・・・・。これが、心理面でのこの小説の柱となる部分だと思います。
もちろん、結晶化していく森の描写の美しさがこの物語の一番の見所であることはいうまでもないことで、きらめく宝石で覆われていくような森・人・動植物の姿には、興奮しました。特に、鰐のイメージが鮮烈で、あの鰐皮がすべてダイヤモンドのようなきらめきに覆われていると思うと、ぞくぞくしました。
バラード先生は、小説的な構成にも凝っておられて、スザンヌとサンダーズという耽美派の人物と、マックスとブレのような森に入り込まない健康的な人物との対比で終わるラストには「うーん」とうなりました。ただ、僕がバラードの小説に感じるのは、「小説」に凝りすぎて、はったり的な部分が塗りつぶされてしまっているということです。せっかくの世界が結晶化されていくという大アイディアが、サンダーズ(あるいはスザンヌ、マックスでもいいですが)という個人の物語に帰してしまったことが残念なような気もします。
もう少し、結晶「世界」を描いてくれたのなら、もっと好きになれたかもしれません。結晶になってしまった人間の状態に関する考察や、その心理描写など、視点がもっと多方面になっていたほうがよかったのでは?まあ、それは個人的な楽しみ方の問題もあるかもしれませんが。
年末のこの慌しい時期にチョイスしたのが、いささか間違いだった気がしないでもないです。しかし、オールタイムベストの期待値に、そむかない素晴らしい作品。美しさに溺れました。
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