端正で知的な顔の背後に地獄の残忍性を忍ばせた恐るべき犯罪貴族グルーナー男爵との対決を描く『高名な依頼人』。等身大の精巧な人形を用いて犯人の心理を撹乱させ、みごと、盗まれた王冠ダイヤを取戻す『マザリンの宝石』。収集狂の孤独な老人がその風変わりな姓ゆえに巻込まれた奇妙な遺産相続事件のからくりを解く『三人ガリデブ』。ますます円熟した筆で描く最後の短編集である。
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『高名な依頼人』
端正な顔と裏腹に恐ろしい犯罪歴をもつグルーナー男爵。その男に取り入られた女性を救ってほしいとホームズのもとに依頼が届く。
やはりラスト近くの格闘が面白い。女の執念って怖いねえというお話でもありましょうか。
○
『白面の兵士』
南アフリカの戦線から帰還したゴドフリーからホームズのもとに依頼があった。彼の友人が世界漫遊に出かけたというのだが、どうもそう語る友人家族の様子がおかしくて・・・・・・。
ホームズの一人称による語りが印象的なお話。ワトスン君がいれば・・・・・・って、あんたいつもバカにしてるくせに、都合がいいやつ。お話としてはトリックがありがちであり、そこまで印象に残らない。
◎
『マザリンの宝石』
久々にホームズのもとを訪れたワトスン博士。ホームズは今あの王冠宝石事件を担当しているらしい。
ベーカー街221Bで行われる悪漢との対決。ホームズの機智が冴える作品で、『空家の冒険』のトリックを援用して心理戦に仕立てた面白い作品だと思いました。
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『三破風館』
その黒人の男はベーカー街221Bに突如現れ、脅迫の言葉を残していった。その事件には決して手を出すな、と。
始まりかたに対して、動機がしょうもないのが残念ではあるけれど、小説家っていうのは最後っ屁でこういうこともできるから、ひどいなあと思います。モデル小説というのは周囲の人にとっては迷惑な話です。
◎
『サセックスの吸血鬼』
この現代に吸血鬼が?ファーガスン氏の妻がある日、こどもの血を吸い、口元を真っ赤にしていたというのだ。
うーん、面白い。このあたりから、話がどんどんあやしくなっていくのですが、この辺の話が実はお気に入りなのです。家庭内の不和というテーマは普通小説で読むと嫌いなのですが、ミステリだとなんでこんなに面白いのでしょう。
◎
『三人ガリデブ』
ガリデブという姓の者を三人集めれば遺産がもらえる――そのおいしい話にガリデブは乗り気になるのだが・・・・・・。
ワトスンが撃たれたときのホームズの反応がみもの。君がいなくちゃ僕はやっていけないよ。親密な関係なのはわかりますが、率直なホームズの言葉にはやはり感動するものがあるのではないでしょうか。
◎
『ソア橋』
残忍な男といわれる実業家がある婦人にかけられた嫌疑をはらしてほしいと依頼をしてきた。ソア橋の上で殺害されたその女は彼の妻だった・・・・・・。
悲劇。この「ソア橋」の一番の見所はやはりトリック。でも、それだけでなく、やはり家庭内の問題もごたごたあります。嫌疑をかけられた女性は聖女ですが、逆に嫌みなやつに思えてしまうのは僕だけでしょうか。
☆
『這う男』
ホームズから電報を受取ったワトスンはベーカー街に駆けつけた。有名な生理学者プレスベリー博士の奇妙な行動の原因をさぐりだしてほしい――その依頼に彼らは本人を訪ねていくが・・・・・・。
ミステリというよりSFです。壁を這い回る教授の姿はまるでスパイダーマン。犬と戦う姿にははっきりいって笑ってしまいます。血清注射をしてもけっしてこのようなことが起こるとは思えませんが・・・・・・。数あるホームズシリーズの作品の中でもインパクトの点ではどの作品にも負けないと思います。
○
『ライオンのたてがみ』
学校教師が砂浜で奇妙な死亡のしかたをした。その男が末期に発したのは「ライオンのたてがみ」という言葉だった。
英語版のウィキペディアで見るかぎりはただの綺麗なクラゲなのですが、そんなに恐ろしい能力を持っているんでしょうかねえ。この話もなんだかミステリとしてはあやしいような気がするのですが、生物好きとしては楽しいです。
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『覆面の下宿人』
その婦人はけっして覆面をはずそうとはしない。彼女にいったい何が起こったのか?
このイメージは江戸川乱歩に受け継がれているのでしょうか。小林少年でしたでしょうか、虎か豹かと対決させられる話があったような気がします。サーカスというのは幻想的なイメージがいつもつきまとっていて、小説の題材としてはうってつけですね。
総評:『事件簿』はあやしい事件が多いので、こどもの頃読んでいた中でもすごく印象に残っていました。中でも『這う男』は最高です。『吸血鬼』もなかなか好きです。神秘主義的なイメージとミステリを組み合わせるとやっぱり面白い。
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