カニバリズム――人類学の中でも特にセンセーショナルなこの項目は、人類学者にも注目されており、しばしばフィールドワークの中でも言及されている。しかし、著者はすでに定着しているこの項目に疑念を突きつける。食人に関する直接的な証拠と見られるものは資料には存在しない――。
著者W・アレンズは「慣習としての食人が存在したことは、ないのではないか」という大胆な説(もちろんある程度の条件付きではるけれど)を打ち出し、それをこれまで食人の証拠とされてきたものを例示して、その疑わしい部分を指摘してみせる。修道士などの手紙からはキリスト教的世界観からの異教徒への偏見の点、アステカの食人習慣では植民地化・殺戮の正当化という点、またフィールド・ワークで提出された証拠では儀式での象徴の見間違い・他部族を評する原住民の言やガイドの言葉などの又聞きであり直接的に人類学者が見たのでない等の点を挙げ、食人の証拠を鮮やかに否定していく。そのダイナミズムに読むものはひき込まれていく。商業的にも成功した本だと解説で書かれていますが、それも納得。学術書ではあるけれど、非常に面白いのです。
常識を揺さぶられることに楽しみを覚える僕は、偏見を剥がされるのが好きです。知らず知らずに身に染み込んでいる考え方を解体し再構成していく。この本は欧州の別世界に対する意識が食人という「神話」を生み出したのだ、と説いています。
アフリカの部族は周辺の別の部族を本当はそうでないのに「食人」部族だと考えています。それを人類学者が疑ってもみず信じ込んで、又聞きのそれを食人部族がいる、という風にしてしまってる。しかし、その部族たちの「神話」は皮肉にもヨーロッパ、西洋文明という大きな集団の中でそっくり再現されていて、アフリカの部族やインディオたちを食人者たちに仕立て上げたのだ、というのが、著者の主張です。そして、その類似例として中世の魔女狩りが提出されるのですが、すごい説得力です。
食人を信じきっている探検家たちの言葉には少し笑ってしまいます。たとえば、
「またある種族に攻撃されたとき、彼らは、スタンリーとその探検隊を食ってやるぞ、と知らないことばで叫んでいた」。知らない言葉で言ってるのに、お前らどうしてわかったんだ!という風に突っ込みを入れながら楽しむこともできます。
これまでの定説を大きく覆してしまう強烈なインパクトを持った説なので、アレンズが教授に推薦されたとき、ほかの人類学者に邪魔されたりして大変な目にあったようですが、この説は今どの程度支持されているのかが気になります。人類学事典でカニバリズムの項を見たときに、この訳書が出たのと同時期のもので、「最近はアレンズのようにそれは存在しなかったという説も出ている」という風にあったのですが、今はどうなのでしょうか。とにかく非常に面白い本でした。
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