天才生理学者トレローンの高等動物の脳に関する研究は、ついに恐るべき創造を―――神にしてなしうる業績をあげた。シリウスと名づけられたその犬は、人間に匹敵する知能を有し、しかも同じような情緒と感受性を持ちあわせていた。だが皮肉なことにこの業績によって、彼の娘は悲劇の淵に突き落とされてしまう!現代SFの創成期にあってもっとも重要な作家と評されるステープルドンが、愛と知性の問題をするどく問うた名作。
よかった。
犬がもし知性化したら・・・という単純な話でなく、哲学者である作者はそこで人間と犬の肉体の相違こそあれど「霊」を持ち出して、知性そのものの存在を解明しようとしてらっしゃる。うーん、深い。
ペットとして犬を飼っている身分としては、非常に読んでいて身にしみる部分がちょこちょこあるのですが。まあ、自分の場合、「犬」はやはり「犬」であり、「家族」と呼ぶのははっきり言って建前であり、それとはいささか違う存在なのかなあ、と。「馬鹿な子ほどかわいい」とはよく言いますが、ペットを飼うというのは、自分より知能程度の劣った存在を見て、優越感を無意識に感ずる、あるいは養うことによって自らの高位を確立する。そういった一面があることは否定できないと思います。
そうしたことを確認してから、この『シリウス』を読むと、シリウスという存在はそういったペットのような立場で、人間の一種の「哀れみ」を享受する存在ではない。高度な知性を持った人間と同程度、あるいは水準を超える存在なのですから、一般概念での犬ではない。だから、ペットとは違うプラクシーの愛情があったし、そうとしても彼と彼女は人間と犬との相違を超えられない。
そうした小難しいことを考えつつ読んでいたので、『ファウンデーションシリーズ』と平行しつつ、読むのに四日もかかってしまいました。
犬の肉体と人間の肉体を比較したり、社会を比較したり、視点が高位にあるので、実に面白いですね。既成のモラルを排除した語り口が「真理」を考察するシリウスと一緒で真摯な感じがしていいし、ブレない視点が最後まで貫かれていて、一つの作品としての完成度が高い。特にシリウスが宗教、神について考察するところが興味深かったです。やはり、根源は「愛」なんですよね。
後半の方の展開は戦時下での集団心理が描かれていて、ここも好きです。シリウスの知性の高さに対して、群集心理の低劣さを描いたステープルドンは、冷静に狙いをもってこのへんを描いたんだろうなあと思いました。シリウスとプラクシーの関係の噂については『南総里見八犬伝』という古典を少しばかり連想しました。
ステープルドンは『最後にして最初の人類』を一度手にとって挫折しましたが、再挑戦したいと思います!他のも読みたいなあ。ただ、今回みたいにゆとりをもって読まないとまた挫折しそう。一気に呑み込まないで、じっくり味わいながら食べるべき作品だと思いました。
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