スランだ!殺せ!一瞬にして街路は阿鼻叫喚の坩堝と化した。敵意に満ちた人々の執拗な追跡のなかを、まだあどけない顔立ちの少年は逃げる。黒髪にまじる一房の金色の巻き毛を風になびかせながら。追いかけてくるのは死、待ちうけるのは恐怖!だがその幼い少年こそ、秘密の鍵――並みはずれた知能と能力を持つがゆえに虐げられ、迫害される新人類スランの未来を開く鍵を握るただ一人の人間だった!壮大なスケールと錯綜するプロット、迫力ある筆致によって濃密なSFムードを醸しだす達人――ヴァン・ヴォクトがみごとに描きだしたミュータント・テーマの不滅の名作!
面白かった!
ミュータントものの傑作、すでに1960年代に古典と呼ばれている作品です。
訳は浅倉久志。ヴォクト×浅倉久志。読む前から面白いに違いないという信頼感があります。
並外れた身体能力、そしてなにより読心能力を身に着けたスランは、人類の憎悪の対象となっており、見つかれば逮捕され殺されてしまう・・・・・・。人類の愚かさを高い視点から描けば、このような姿になってしまうのでしょう。戦争・差別・欲望の嵐・・・・・・。おぞましい人間たちの心理に取り巻かれたスランの苦悩が描かれています。
全体的には大時代的というか、大衆文芸の骨格をしっかりと持った作品だなあと思いました。
例えば最初に主人公のジョミーが小ずるい老婆に拾われ、奴隷のように働かされる場面。或いはキャスリーンが内縁の妻にむりやりされそうな場面など。遥かな未来のはずなのに、どこか懐かしい展開が多いですが、そこも魅力の一つです。
昔のSFを読んでいて気になるのは「警備の甘さ」です。あまりにも主要な場所の警備が甘いです。指紋認証とかIDカード認証などが発明されていない時代なのでしょうが、やすやすと建物に侵入できすぎです。こういったところも、大時代的に感じてしまうのかもしれません。いくらSFといえど、いやSFだからこそ、その時代にコミットしなければ作品世界など描けないのだなあと感じます。
そういう意味では、この作品が「アスタウンディング」に連載されたとき、熱狂的な人気を獲得し、「ファンはスランだ!」というキャッチ・フレーズが誕生したというのは興味深いことです。まだSFが認知されない時代に、ファンが自分たちの姿をスランに仮託した。感情移入の仕方がすでにSFの浸透と拡散の時代を経た僕なんかとは、まるで違うだろうなと21世紀のSFファンとして感慨を抱きます。
最後になりましたが、2010年となりました。2001年を通り越し、すでに次の旅の年まで来てしまいました。
明けましておめでとうございます。そして、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
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COMMENT
SF紹介 ―渦まくコダマ―
『スラン』は、ミュータント・テーマの傑作として有名ですね。探しているんですが、なかなか見つかりません。
そういえば、以前紹介したルイス・パジェットの『ミュータント』の訳者も、浅倉久志氏でした。不思議な偶然ですね。
今回は、同じテレパシーを取り扱った作品、リチャード・マシスンの『渦まくコダマ(←漢字変換不能)』をご紹介します。
主人公トムウォレイスは、褄アンと息子リチャードとともに暮らしています。ある日、同僚のパーティーに招かれた彼は余興として、アンの弟で心理学者の卵であるフィルから、催眠術の実験台にされました。術は案外アッサリとかかり、トムはフィルの言う通りに行動して、周囲を笑わせます。しかし術を解かれて帰宅した彼は、黒衣の女の幽霊を目撃しました。
その日から、超常現象がトムを襲います。ある時は自宅で妻が頭をぶつけた際に、同じ激痛を会社で感じ、家族の危機や身内の不幸、悲惨な事故や惨劇を予知出切る様になりました。さらには、友人や同僚の醜い本性まで分かるのです。そう、フィルのいい加減な催眠術は、トムにESPを―それもうんと強力で制御不能なものを―与えたのです。
耳を塞いでも聞こえる、テレパシーの声。義母の死を予知したために出来る夫婦の溝。そして、黒衣の女の正体が判明した時、最大の危機がトムたちを襲いました! それは―
ひょんなことでエスパー(霊媒?)になってしまった男の悲劇を描く、オカルトSFが本作です。マシスンの長編は初挑戦ですが、結果は大満足でした。
余談ですが、銀背SFのリストを偶然発見しました。書名をクリックすると、表紙も確認できます。
http://www2.tba.t‐com.ne.jp/emmitt22/hayasfseries.htm
銀背を捜す際の手掛かりになれば幸いです。
ではまた。
Re:SF紹介 ―渦まくコダマ―
パジェットの「ミュータント」は『SFM』の広告欄に載っているのをよく見るのでこれも読んでみたいです。