本日は『家族の肖像』『食卓の魔術師』『代名詞の迷宮』。佐々木倫子の『忘却シリーズ』です。1983-1986『花とゆめ』連載。
黒田勝久は人の顔を憶えられない。憶えているのは親友の三本木と家族の顔だけ。
クラスメイトの顔さえ憶えることができない。そんな勝久がトラブルに巻き込まれるのは当然のことで・・・・・・。
道路を挟んで
水洗かボットンかでいがみ合う丘多摩という町のロミオとジュリエット、ハイキングに行って
ヒグマに出会ったことで訪れるロマンス、飼い犬より地位が上か下かで大騒ぎの家族、などなど勝久の元に次々と事件が忍び寄ります。
僕自身、人の顔を憶えるのが苦手なので勝久には親近感を覚えます。この間も街中でふいに声をかけられたのですが、相手の顔をまったく覚えていませんでした。相手は確実に僕のことを話していたのですが、僕は危なげない会話(「今、なにしてんの?」とか)でお茶を濁し
忙しいふりをして立ち去ってしまいました(なんて嫌なやつだ)。
それぐらいならまだましなような気がしますが主人公の勝久はクラスメイトや親戚の顔すら覚えることのできない人間。人ゴミが恐怖、知っている人に会うのが恐怖という「病気」に近い存在です。そのことでヤクザの跡目争いに巻き込まれたり、隣家の隠し部屋に閉じ込められそうになったり、かなりサスペンスフルな日常を送っています。
最近ではけっこう当たり前ですが、ミステリーの世界ではとんでもない設定を行って、その特殊状況の中で事件が起こるという型の物語があります。例えば
死人がよみがえってきちゃう話(山口雅也『生ける屍の死』)とか、異星で起こった殺人を推理する話とか(筒井康隆『ケンタウルスの殺人』)。『忘却シリーズ』はそれに似て「人の顔の憶えられない主人公」を据えることによって起こる謎をどうやって解決していくかというお話になっており、ミステリー好きにはたまらないお話です。
また、併録の短篇もいずれも面白く、佐々木倫子には珍しい恋愛ものなんかがあるのでお得な感じです。『プラネタリウム通信』『佐々木倫子の趣味の講座』が個人的にはお気に入り。
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