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東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2』

img210.jpg 『動物化するポストモダン』の続編。であると共に、現在の日本で流通する「文学」のひとつの展開(ライトノベル・メタミステリ等)を追跡し、それを通して社会の物語の関係について考える。


 この書籍は筒井康隆氏に捧げられた書であり、筒井康隆氏自身もこの本を講演会でオススメしてました。最近のインタビューでもこの本の用語を使っておられました。

 小松左京は『小松左京のSFセミナー』でSFをさまざまなメディアがクロスオーバーする形式、或いは様々なメディアの下位(サブ)ジャンルでもあったといっています。そういう意味で、戦前の映画や演劇、ラジオなどの多メディア時代に育ってきた世代であるSF第一世代の筒井康隆氏が、アニメや漫画が混交する小説形式であるライトノベルに共感というか、興味を持つ部分があるのではないかと思います。そして、SFはカウンターカルチャーであり、共にライトノベルもいわゆる狭い意味での「文学」として認められていない下位文化に属していることに対しての問題意識もあるのでしょうか。

 とにかく、ライトノベルは今までの小説とは評価軸が違うのであるということ、そして、「自然主義的リアリズム」(現実模倣の文学)からまんが・アニメ的リアリズムへ、そして、「ゲーム的リアリズム」へと、オタクの物語が変ってきていることを唱えています。

 自分自身はあまりゲームをしないのでわかりませんが、友人などの発言などからゲームの仮構された世界と現実と、二つの世界を行ったりきたりする感覚はわかります。著者は押井守のファンですから、もちろん『アヴァロン』も観ているでしょうし、その中で「ゲームと現実とどちらを選択するのか?」というセリフはきいているでしょう。僕もそういった問題意識はオタクとして持っているし、ゲームだけではなく、映画でも小説でも現実と虚構の問題として僕も抱いていることです。こちら(現実)とあちら(虚構)を浮遊する感覚と、それでも現実に戻らざるを得ないといったような、その構造自体をゲームが取り込んでいるというのは実に面白いことだと思います。

 さて、筒井康隆氏のオススメで本を手に取った僕ですが、やはり文学史的な感覚でみるともの足りなさが残ります。しかし、これは筒井康隆氏自身が後に感情移入による文学史を書くそうなので、非常に楽しみです。

 ところで、この本にはもう一つ楽しみ方があります。それは講談社現代新書のような本に「雫」や「ひぐらしの鳴く頃に」などのギャルゲーやエロゲーの図版が載っているところです。思わずニヤつき、くすぐったくなってしまいます。ある種、論文のパロディとして楽しむことのできる本ですね。前に「ハヤテのごとく」という漫画の単行本に「えらい経済学者が「萌え産業」か・・・」というようなツッコミがありましたが、あれと同じような感覚だと思います。

 アマゾンで見ると毀誉褒貶の差がはげしいのですが、僕は好きですし、著者は尊敬できる人だと思います。
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