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ミロのヴィーナスに腕はいらない 鶴田謙二『水素 hydrogen』

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鶴田謙二の短篇・画集。


 鶴田謙二の作品とは高校生の時に出会った。大友克洋の『AKIRA』に腰を抜かし、松本大洋の『ピンポン』に感涙し、マンガの可能性の大きさを感じているとき、偶然本屋で見かけ、珍しく表紙買いをした。それが『Spirit of Wonder』だった。表紙の少女がとても僕の心をくすぐった。内容もまさに「センス・オブ・ワンダー」が詰まっていて素晴らしかった。

 そして、本屋の片隅でこの『水素』を見つけた。青々とした空が真っ先に目に入り、家々の中に船が入り込んだ未来の夏の風景。ポケットに手を入れたはすっぱな女性がスカートが濡れるのも気にせず町を半ば沈めている水に膝まで浸かりながら遠くを見つめている。
 内容を目にする前にこの一枚で僕は男っぽい眦の主人公の核をつかめてしまった。だから、4,500円という金額をしたのにもかかわらず、高校生の乏しい小遣いから、お金をひねり出して思い切って買った。内容はともかく、それを自分のものにした、という感覚が今でも忘れられない。

 水の都ヴェネチアは僕の憧れである。アンデルセンの小説では「死んだ白鳥のような街」と形容されているそうだが、その暗さというのは僕がヨーロッパの街に憧れる一要素でもある。欧州の石畳の街というのは人工美であって、その冷たさが僕にはなんともいえず心地よさそうに思えるのだ。

 最初の物語「ベネチア」の舞台は、ヨーロッパでなくて日本である。温暖化の影響と思われるが、海面の上昇で家々は海の中に佇んでいる。『スピリット・オブ・ワンダー』の「広くてすてきな宇宙じゃないか」や芦奈野ひとし『ヨコハマ買出し紀行』のような世界である。ベネチアの街のように運河が張り渡されるのではなく、海面が自然に街を浸水し、そして新しく建てられた街が海面に合わせて建てられたようだ。しかし、ヴェネチアの雰囲気とは大きく違って、そこにあるのは純日本的な雰囲気である。そんな中で最初に主人公が訪ねるのは「森田青果店」であり、沈んだ町の家並みは瓦屋根に木造建築なのである。僕はそこにほんもののヴェネチアと違う、『AKIRA』の三巻で見た「こたつで人工秋刀魚を食べる金田」のような古き良き日本の美とSFの融合を見たのだった。

 鶴田謙二のマンガは古きよき時代の懐古でなりたっている。しかし、その懐古は自分たちが直接感じるような懐古でなくて、いわばレトロ趣味的なものではないだろうか。少なくとも若い読者である僕にはそうだ。ジュール・ヴェルヌ、商店街、木造建築・・・・・・。ジュール・ヴェルヌを除けば、場所を同じうしても、それは今という時代でない、いわば異邦の国のできごとだ。そういったエキゾチシズムが鶴田謙二の一番の魅力であり、センス・オブ・ワンダーじゃないのかな、とふと思った。

 この作品集には『リング・ザ・ワールド』という未完の大作も収録されている。僕は今、彼の作品は完結しなくてもいいんじゃないか、という気がしている。昔、ミロのヴィーナスは腕がないからこそ美しいのだという文章を読んだことがある。未完成だからこそ、美しい、と。鶴田謙二という作家の魅力を考えるとき、僕はその未完成の美というやつを思い出すのだ。ふっつりと消えた物語のその先を、我々の想像力が紡いでいけばそれでいい。下手に完結してしまうよりも、そうしたほうが鶴田謙二という作家の「物語」を豊かにしてくれるのではないだろうか。

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