僕が新井素子を初めて読んだのは、おそらく小学生高学年から中学に上がって、すぐくらいのことだったと思います。そもそも、ライトエッセイが好きで、そのつながりで、吾妻ひでおと共著の『ひでおと素子の愛の交換日記』を読んだのじゃなかったかなあ。それで、小説も読んでみようということになって読んだのが、『グリーン・レクイエム』や『二分割幽霊綺譚』など。そして、しばらくして読んだ『・・・絶句』。まっすぐな作者の心に打たれた覚えがあります。そういえば、これも吾妻ひでおのイラストで、僕の頭の中での新井素子像は永遠にあのメガネっこの姿です。
と思い出を長々と語るくらいに懐かしい。
はふ。独特の語り口。まさに80年代(エイティーズ)の台詞回し。90年代に読んでいた僕にとって、なんだかその世界は妙な懐かしさと共に、憧れをもたらします。
さて、ストーリーに話を戻すと、女の子〈ネプチューン〉は、第七工業ドームの下にある時空の裂け目からやってきた、カンブリア紀の生物が人間の姿に化したものだったのです。このネプチューンの内面描写が初めは面白くて、周囲の人間たちを人間と認識しきれないところや、その人たちを見て「おいしそう」と思う場面など、幼さや無垢さに満ちた感情が異様にかわいく、そして、残酷にうつってしまうのです。
そして。すごいと思うのは、複雑な人間関係。洋介を元恋人とし、正行を現恋人とする由布子。洋介はネプチューンに恋をし、正行は由布子にまっすぐな思いを向ける。由布子は正行との関係性に確信が持てておらず、なんとネプチューンは正行に恋をする。複雑な四角関係。僕は洋介に感情移入していましたが、ストーリーは男性の僕には思いもよらぬ方向へ。しかし、ここの人間関係の複雑性や心を描くために象徴性を持たせた小道具郡(金色の魚や正行のために編むベストなど)が、こにくらしくうまいのです。小説の技術的な面に目を見張る作品でもあります。
主人公は洋介ではなくて、由布子なんだなと気づいたのは終盤のほうで、正行のプロポーズを受け入れたあとの由布子の強さに僕は驚嘆してしまいました。そして、これは女性の作品であり、女性にしか書けないというか、女性でしか説得力をもたせられない作品なのだなとひしひしと感じました。後半、加速していくストーリーの中で、現実に根を張り、それでいて強い思いという見えないものに支えられた由布子の芯の強さを思うとき、男は女性にかなわないんだなとしみじみ思います。
人の「思い」の強さというものを、新井素子のさまざまな作品を思い出しながら、今、感じています。「まだ見たことのない世界を見たい!」。正行の強い思いがネプチューンに伝わり、カンブリア紀での爆発的な進化を起こした。人の「思い」が世界を歴史を方向づけていく。読み終わった後に、感情を揺さぶられてしばらくぼんやりとしてしまう作品でした。
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