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SF読もうぜ(341) 眉村卓「通りすぎた奴」

『日本SF全集』第1巻 『'73日本SFベスト集成』等に収録。

四百二十三階と四百二十四階で初めて出会った男は変わった男だった。一年ほど後に九千五百階で再会したとき、彼は客死しそうになっていた。彼を助けた「ぼく」は、彼の話を聞いて驚いた。このエレベータの発達した世界で、なんと彼は二万五千百三十階の最頂部まで、徒歩で歩き通そうとしているのだ。「ぼく」は彼を「旅人」と呼ぶことにした。



紀行本が好きです。
 「旅人」という言葉に憧れがあります。江戸から平泉までの旅を記した松尾芭蕉『おくのほそ道』。ロンドンまで乗り合いバスだけを交通手段とし、旅をする沢木耕太郎の『深夜特急』。コンゴ奥地に生息する謎の怪獣モケーレ・ムベンベを探すためにアフリカへ飛ぶ探検部を描いた高野秀行『幻獣ムベンベを追え』など挙げればきりがありません。

 さて、作中で「旅人」はなぜそんな過酷なことをするのか問われますが、こう答えます。

 「そうだね。別に理由はないが・・・・・・ただ登りたい、それだけかな」

 なんて、かっこよいのでしょう。昔、ある登山家が「そこに山があるから」と答えたのと同じような気持ちなのでしょうか。その動機ははっきりとはしません。

 そして、「ぼく」は彼のそんな不可解な行動が気になり、「旅人」にとって、それがどういう意味のある行動なのかを確かめに、最頂部へエレベーターで向かうのです。「ぼく」と同じように最頂部へ向かう連中が「旅人」のことを「聖者」という風に神格化しているのを僕は耳にします。途中、エレ弁売りに出会った「ぼく」は「その気になれば誰だって最頂部へ登るぐらい――」と口にします。その後のエレ弁売りの言葉が読者である僕にはたいへん印象深かったです。

 「考えついたり真似ごとをしたりするのと、本当にやり通すのとは全然違う。あの人はそれをやったのじゃ。あんたはやっとらん。わしもしとらん。そこがだいじじゃ」

すばらしい台詞じゃないですか。
 しかし、ラストはちょっと暗めです。ついに最頂部へとたどり着いた「旅人」でしたが、息つく暇もなく、彼は周囲の群集から「旅がここで終わるわけはない」とブーイングを受けるのです。そして、「そうだ、まだ窓の外がある」と旅の続きを要求され、窓の外へ飛び降りることを余儀なくなれるのです・・・・・・。

 「自分自身の旅」を奪われた「旅人」の気持ちはいかばかりだったでしょうか。そして、最後「これがあんたの招いたことだよ」といってやったときの「ぼく」の気持ちは・・・・・・。普段、仕事で気ままな旅とは違い、出張であちこちの階を飛び回っている「ぼく」。「ぼく」の言動には、きっと、そういった自由な者への憧れと妬みの気持ちが入り混じっていたのでしょう。

 さて、さらに私的な感想なのですが、僕はテレビの旅バラエティも好きなのです。特に過酷な条件をつけられた旅番組が。例えば「ノブナガ」の企画「地名しりとり」や「ごはんリレー」。
 次の旅への強制的な移行に、僕は「水曜どうでしょう」のサイコロの旅へドッキリで連行される大泉洋や「ロケみつ」の「四国一周・西日本横断・ヨーロッパ横断ブログ旅」での稲垣早希へのドッキリを思い出しました。特にやりたいわけでもない旅の企画が終わる度に、視聴者の要求があるので強制的に旅が続けられる。それらの旅人を思うとき、実はこの「旅人」も案外、窓の外の旅を普通に続けているのではないかなあと思います。「旅人」のその後に幸あれ。
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