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SF読もうぜ(342) 大原まり子「有楽町のカフェーで」「薄幸の町で」

『銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ』(ハヤカワ文庫JA)収録。

有楽町のバーバリという喫茶店で「ぼく」はサヨコを待っている。(「有楽町のカフェーで」)




高校生の時に読んで以来、やられ続けている物語。何度繰り返し本を開いたのかわからないほど、愛している作品です。

 ものすごく傑作とは言い難いし、派手ではないのだけれど、心に染み入るように心地よい。音楽でいえば、アルバム収録曲の中にある、シングル曲ではないのだけれど、もしかしたら自分だけが「これは傑作じゃ?」と思っているような作品。そんな存在です。

 「有楽町のカフェーで」は普通小説。「小説春秋」という雑誌に発表されました。筋は上の通りです。恋する女の子を喫茶店で待つ駆け出しのSF作家の青年(うっちゃん)。一人称の語りで、彼が彼女について思うことが連想のように次々現れては消えていきます。発表当時の風俗がそこかしこに現れていて、時代を映しています。昭和58年。個人的な話ですが、僕が生まれた年なのです。風化を恐れない大胆な描写、固有名詞のオンパレード。でも、そこが逆に物語を固着する効果を持っているし、なにより僕は調べ物が好きなので、「フレスカ」ってなにかとか、「清水和音」って誰?とか、「WALKY RS」ってどんな商品?とか、改めてネットで検索してみると面白い。

 コンプレックスにまみれた青年が、自由で奔放な発言の女性に引っ張りまわされる。王道的な展開なのですが、なにしろ現代のアニメやマンガ、小説では味わえない描写の妙があるのです。それに彼女のその自由や奔放さには、実は暗い陰があったのだから。ラストはサヨコが喫茶店に現れるところで終わります。主人公に思わずよかったねと声をかけてやりたくなります。

 ところが、です。待つことの期待と不安を表したこの小説。青春小説として申し分のない、不思議な距離感の男女を描いたものなのですが、この距離感が後で後悔の種となろうとは……。

 話変わって「薄幸の町で」は伝染病によって人類が死滅する型の終末もの。「うっちゃん」は「内山敦彦」、「サヨコ」は「S」というふうに呼称は変われど、主人公は「有楽町のカフェーで」の登場人物二人。語りも三人称になっています。二人の距離感は変わっておらず、敦彦は二人の関係性の中に「相手に触れない」という不可侵な規約があると信じています。静かに世界が死滅していくのを感じながら、二人は喫茶店で出会い、そしていつものように別れようとする。敦彦はサヨコに駅のコインロッカーの鍵を渡される。別れた後、敦彦は自転車でロッカーに入っているものを確認しにいく。そこにはこんな手紙が―――。

 うっちゃん
 なぜ私に触わらないの?

その後、彼女の家を訪ねた敦彦は、衝撃的な事実を知ります。彼女も伝染病によって、その朝、亡き人になってしまったのです。

 なんとも残酷……。としか言いようがありません。「あとがき」で作者はこう書いています。

 「有楽町のカフェーで」と「薄幸の町で」は、タイトルが似ているのでおわかりかとも思いますが、同じ主人公たちが登場します。この二人は一九八三年の春に渋谷で出会い、一九八四年の冬、亡くなりました。一度も触れあったことのない恋人たちでした。なんとかわいそうなことをしてしまったのかと、作者は今も断腸の思いです。

 しかし、なぜ、僕はこの物語が好きなのかというと、この「一度も触れあったことのない」という点にあるような気もします。まさにプラトニックな関係で、純粋な愛情というものが存在するような気がするのです。なんだか、宗教的な愛が。
 たしか、同じ作者の短編、「書くと癒される」で肉体的な接触が苦手だというような主人公の語りがあったように記憶しているのですが、二人を触れ合わないままにしてしまうことで、精神的な側面だけが抽出されて、幻影なのかもしれないですが、真実の愛が成就されたような気がするのです。少年や少女のピュアな恋愛のような。

 初出は「薄幸の町で」が「SFマガジン」昭和57年1月号。「有楽町のカフェーで」よりも、九か月早い時点で発表されています。一度も触れあわないまま死ぬことの運命を承知しながら、二人の物語を作者は紡いだのでしょうか。それとも以前より、設定として頭の中にあったものを書いただけなのでしょうか。そんなことを想像しながら読むのも楽しい、個人的にお気に入りな作品です。読んだことのない方はぜひ!
 短編集の表題作「銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ」もオススメ。
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