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SF読もうぜ(343) ジョナサン・スイフト作・原民喜訳「ガリバー旅行記」

小人たちに捕えられる巷間によく伝わる小人国から、巨人国、ラピュータ、日本、人間より徳の高い馬の国フウイヌムまで、ガリバーの語る不思議な旅の数々。

中学生の時に、岩波文庫で読んで以来の再読。岩波の訳がたいへんかっちりしているので、最近の疲れた脳では理解できないと判断し、ほったらかしておいたところ、青空文庫で児童向けに翻訳されたものを発見し、通勤電車で読み始めました。読み始めると、すっかり虜になってしまい、最後まで一気に読み通してしまいました。

 中学生の時にこの本を読んだ動機はいたってミーハーなものでした。僕は今でもそうですが宮崎駿の大ファンで、「天空の城ラピュタ」に登場する空飛ぶ島ラピュタの元ネタがこの「ガリバー旅行記」にあると映画の企画書に書いてあったからです。中学生の僕には、風刺の具合がよくわからず、小人や巨人の国の幻想的な部分ばかり読んでいた気がします。

 ところが、読み返してみると、一番面白いのは浮島の国ラピュタの数学のことばかり考えてる人々や、それにかぶれて無用の計画を立てては実行力のないことばかり繰り返している国民の姿(なんと今の日本と似ていることか!)だったり、宝石をめぐって争いばかり繰り返しているヤーフ(フウイヌムの国の猿人)と人間(ヤーフ)よりも人間ができている徳の高いフウイヌムの国へ行きすっかり人間社会が嫌になったガリバーの姿だったりするのです。

 たいへん厭世的な風刺物語であり、きっと人間に絶望していたのでしょう。作者のスウィフトはこの作品を書いた後、少しずつ狂気に陥っていったということです。

 ところで、この作品を読み始めたもう一つの動機は、原民喜という翻訳者の存在です。我が家の倉庫には亡くなった祖父が新潮社の日本文学全集を置いており、僕もときどき小中学生のときにそれを取り出しては読んでいました。その中の昭和の傑作短編として選ばれた短編の中に、原民喜の作品があったのです。作品の内容は覚えていませんでしたが、それが原爆文学であったこと、原子爆弾への怒りとやるせなさに震えたこと、作者の原民喜が鉄道自殺をしたことだけは、脳裏になぜか焼き付いて離れなかったのです。その原民喜の訳であるということが、僕の胸になぜだか響いて読み始めたのです。
 青空文庫のガリバー旅行記には原民喜とガリバー、そして原爆のことについての関連文献がつけてあります。フウイヌムの国のことに触れた文章の中で、原民喜は原爆投下後の広島で一匹の裸馬を目撃したことを記しています。

 その馬は負傷もしていないのに、ひどく愁然と哲人のごとく首をうなだれていました。(「ガリヴァ旅行記 ―K・Cに―」)

 スウィフトの物語よりも、このことがなにより僕には衝撃的でした。なにか、戦争への危機が、可能性が高まりつつあるような世の中の流れに不安を抱いている今、我々が立ち戻らないといけない認識を先人から学ぶことが必要ではないかと最近思うのです。次の原民喜の詩は僕の心を貫きます。

 ガリヴァの歌

  必死で逃げてゆくガリヴァにとって
  巨大な雲は真紅に灼けただれ
  その雲の裂け目より
  屍体はパラパラと転がり墜つ
  轟然と憫然と宇宙は沈黙す
  されど後より後より迫まくってくる
  ヤーフどもの哄笑と脅迫の爪
  いかなればかくも生の恥辱に耐えて
  生きながらえん と叫ばんとすれど
  その声は馬のいななきとなりて悶絶す

我々はいつまでヤーフでいなければならないのでしょうか。答えのでない問いを得たまま、再び原民喜の小説を読んだ時と同じような世界へのやるせなさに打ちひしがれています。
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