読んでいて思い出したのはある詩の一節。谷川俊太郎の「百三歳になったアトム」。
どこからかあの懐かしい主題歌が響いてくる
夕日ってきれいだなあとアトムは思う
だが気持ちはそれ以上どこへも行かない
ちょっとしたプログラムのバグなんだ多分
そう考えてアトムは両足のロケットを噴射して
夕日のかなたへと飛び立って行く
谷川俊太郎「夜のミッキー・マウス」収録
人間に似せられて作られたために、どこか人間とは違ってしまう。「似せもの」の意識と完璧な人間にはなれないというジレンマ。ロボットという存在が人間と共生すれば、必ずそのような悩みは出てくるものなのでしょう。悲しい詩です。(ちなみに谷川俊太郎さんは『鉄腕アトム』の主題歌も作詞しています。)
読み終わった後、感じたのは「サイエンス・フィクション」というよりは、「ファンタジイ」だなあということ。
亀に似せられてつくった模造亀(レプリカメ)の「かめくん」。木星での「戦闘」のために製造された機械。
かめくんはアパートを借り、会社に就職し、休日には図書館へ行く。ゆったりとした日常の中で、ぼんやりとした頭の中の霞の向こうには過去のできごと。木星での戦争?ザリガニとの戦い?その背景は徐々に明らかになっていくのですが、そこがこの小説のうまいところだなあと思いました。
かめくんの記憶の容量は決まっていて、新しいことを覚えれば古いものは記憶の中からはじきだされてしまう。
再び宇宙へと飛び立たないといけなくなってしまったかめくんは、自分の記憶がなくなることを考え、覚えていることを文章にして打ち出す。図書館のあの娘には、ついぞ会えないまま・・・・・・。
すべての章に物悲しさがつきまとい、序盤から悲しいラストが予想できました。
かめくんは厳しい戦場という現実から、つかの間の平和を享受できる異界へとやってきていたのです。そして、ファンタジイの定石として、異界へやってきた主人公は必ず現実世界へと帰還しなければならないのです。かぐや姫しかり、ウエンディしかり。そして、かめくんも。
日本的な風景の中で、叙情的な物語が繰り広げられる。
「もののあはれ」(しみじみとした感動)を味わえる良作です。
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COMMENT
宇宙船ドクター ―さらば、ハリスン―
ここのところ、いろいろな本を読まれているようで、羨ましいです。僕はこの夏、少し体調がおかしく、読書する時間もなかなか無くて…。
この前、ハリイ・ハリスンの『宇宙船ドクター』というSFを読破しました。ハリスン氏唯一のジュブナイルSFです。
主人公ドン・チェイス大尉は、医学校を出たばかりの若き医師。彼は月から火星までを飛ぶ長距離宇宙船、『ヨハネス・ケプラー号』の船医として、宇宙へと旅立ちます。
ところがある日、宇宙船に隕石が衝突し、船長が死にました。その上、宇宙船の針路は火星からずれ、このままでは宇宙の藻屑と化してしまいます。
そんな中、船長の代理として、白羽の矢が立ったのがドンです。でも、彼は医学の知識はあっても、宇宙船の知識は皆無に等しいのです。しかし乗組員の中で、一番の地位を持つホルツ一等士官は、心臓病を患っており、とても船長代理は無理なのです。
フレア(太陽面爆発)、針路修正、船内火災、酸素不足と、次々と訪れる危機! しかも、隕石に付着していたウイルスにより、船内を未知の疫病が猛威を振るいます。その上、一部の乗客が反乱を企て…。
果たして、火星にたどり着くまで、何人生き残れるか? 船長の責任と医師の使命をかけて、ドンの壮絶な戦いが始まります!
読み終えた時は、深い感動を覚えました。宇宙におけるサバイバル描写は、『月は地獄だ!』といい勝負です。これほど上質のジュブナイルSFが絶版なのが、惜しいぐらいです。
実は読み終えた後に知ったのですが、ハリスン氏は8月15日に、87歳で亡くなられたそうです。またひとつ、SFの巨星がこの世を去りました。
一ファンとして、ご冥福を祈ります…。
それでは、また。
Re:宇宙船ドクター ―さらば、ハリスン―
そして、今号のSFMはレイ・ブラッドベリの追悼特集でしたね。
先日亡くなったアームストロング船長のことを考えて、月の出ている夜は、月をじっと見つめてしまうこの頃です。最近、悲しいニュースが多いですね。
それでは、お体にお気をつけて。