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SF研究④ 早川書房編『SFハンドブック』

 今日はまず早川書房編『SFハンドブック』より、「年代別SF史」。世界の(基本的にアメリカ中心ですが、日本も交えてたり焦点がよくわからない部分があります)SFの動き(主に小説)を年代別に記しています。これはもちろん「SF界の言説」です。
 最初に「一九六〇年代」。

 こういったことからいえるのは、外の世界がSFと相互作用を始めた時代だということである。“核による人類滅亡への警告”“科学技術の発達と未来の人類、そして文明のあり方”こういったものが〈宇宙時代の文学〉〈文明批評の文学〉としてのSFに求められるようになったのである。また正統的、伝統的な文学に対するカウンターカルチャー、サブカルチャーとしてのSFのあり方にも、むしろ好意的な目が向けられるようになった。もちろん、宇宙に夢中の子供たちにとっては、SFがすべてだった。SFが世界のすべてを包含する必要があった。なぜなら、“明日はSF”なのだから。

 
実際に人類が月面に立ち、核戦争の脅威を受けたこの時代、SFは社会と連動して動いていたことがわかります。そこでSFはジャンル内だけに止まらず、社会に注目されることになったことが書かれています。同時にハイ・カルチャーに対してのカウンターカルチャー、サブカルチャーとして、ロックやヒッピー・ムーヴメントと連動していたことが語られています。ハインラインの『異星の客』のベストセラー、カート・ヴォネガットの再発見、おそらくそのヴォネガットの影響を受けたであろう村上春樹の『風の歌を聴け』でのSFという小道具・・・・・・等を考えるとそれが確認できます。
 次に「一九七〇年代」です。

 というのも、七〇年代には出版会のペーパーバック革命が進むにつれて、ジャンル小説の躍進が目だつようになり、ロマンスとならんでSFがベストセラーの常連となりはじめたという事情があります。(略)SFはブームといわれ、とくに映画「スター・ウォーズ」や「未知との遭遇」などのヒットがそれに拍車をかけました。(略)またアカデミズムからもSFは注目されるようになって、評論誌や研究者の団体が生まれ、学校での教材にもSFがとりあげられてゆきます。スタニスワフ・レムやA&B・ストルガツキーといった共産圏の作家の翻訳も進み、国際的なSF交流もさかんにおこなわれてゆきました。この時期、SFは文学としても、産業としても、幅ひろく社会に認知されていったのです。

 
いわゆる「浸透と拡散の時代」(確か筒井康隆の言葉)がやってきた時期です。「ジャンル小説の躍進」と共にブームが生まれ、映画などのメディアが拍車をかけ、SFは社会に認知された。そして、アカデミズムの世界にも研究者が生まれた。商業としての成功と文学としての認知に成功したということです。
 最後に「一九八〇年代」です。

 以上、SF界内部の動きだけを追ってきたが、文学サイドでもSFの題材を使ったり、SF顔負けの奇想に満ちた作品が増えているのも見落とせない

 実はこの言説に僕は特に注目したいんですが、これにはそれなりにSF界のジレンマが見えるような気がします(もちろん事実ではあるでしょうけれども)。これは仮説ですが、SF専門誌などが減っていく中で、その原因さがしというのが行われていて、それがSFテーマや読者が文学サイドに流れてしまったせいじゃないかということが一つ、そして「フランケンシュタインはSFだ」のような文学と関連づけて地位向上をはかるという目的もそこには仄見えるような気がしますがどうでしょう?この言説がジャンル内だけのものなのか、それとも文学側から同じようなものがでてくるのか、調査してみたいと思います。

 最後に二つほど。まず深見弾「変貌するソ連・東欧SF」より。

 五〇年代に入ると、古生物学者であった、I・エフレーモフの活躍により、ソ連SFは確固たる地位を築き(『アンドロメダ星雲』〔五八〕)、ソ連SFも世界から注目されるようになる。それと同時に、この時代は彼の影響を受けて、才能ある作家が育ったときでもあり、中には、ストルガツキー兄弟のように、ようやく科学啓蒙読物から脱皮しつつあったSFを、〈文学〉として追求する作家たちも現れた

 
最後に同じく深見弾「ブラッドベリがわたしをソ連東欧SFの翻訳者にした」です。

 大学を露文科にしたのは、戦後しばらくの間、盛んに紹介されていたソビエトの革命文学に惹かれたからだ。だが、SFという刺激的な新しい文学に出会うと、たちまち革命文学にたいする熱がさめ、代ってぜひともソ連のSFを読んでみたくなった。

 
今後扱っていきたいのですが、深見さんも含めてSF第一世代の人々にとってSFとは新しい文学であり、文学的衝撃を受けてSFにのめりこんでいったわけです。そういう意味でSFが身近にあった後の世代とは考え方の違いがあると思います。この書を全体的に見ると、文学という考え方にはっきりいって固執していません。それだけSFが認知されたことを示すとともに、政治的発言を繰り返さなければならなかったSF第一世代というのは本当に大変だったのだなあと思います。

 以上で第四回目を終ります。
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無題

  • by Takeman
  • URL
  • 2007/12/26(Wed)16:16
  • Edit
毎回「SF研究」を楽しみに読まさせてもらっております
あらためて調べてみたら『SFハンドブック』って1990年の出版だったんですねえ。
「『フランケンシュタイン』はSF」というのはブライアン・W・オールディスが『十億年の宴』の中で言ったことなのであまり関係が無いような気もします。もっともオールディスのこの言葉に触発されたという可能性は否定できませんが。
1980年代に関していえば、第一世代と早川書房との決別をまねいた堀晃氏の「太陽風交点事件」も少なからず影響を与えたんじゃないかと個人的には思っています。

無題

  • by A・T
  • 2007/12/26(Wed)19:02
  • Edit
 Takemanさん、コメントありがとうございます。一人では限界のあることなので、皆さんにアドバイスをいただいてテーマを追求していけたらいいなと思います。。
 不勉強ながら『十億年の宴』は読んでいないのですが、ここで使っている「『フランケンシュタイン』はSF」は一つの例であって特定の出自(オールディス)を指したわけではありません(『今日の早川さん』で使用されていたのでタイムリーかなと思ったので)。例えば「『ガリヴァ旅行記』はSF」でもいいし、「村上春樹はSF」でもいいのですが、有名な作品とSFを関連付けて発言するということは往々にして行われることで、「SFの文学における正統性」の言説という用例で出したのですが、伝わりにくかったようです。この「なんでもかんでもSFにしてしまう」ことを批判した誰かの文章があったと思うのですが、それに乗っかるような格好で僕も使用しました。
 早川書房はいろいろ問題があったようで、そこのところも今後のサブテーマとしたいところです。

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